二重箱という「結論」。中身が無事なら、それでいいじゃない。
今日、楽しみに待っていた荷物が届きました。
早速開梱しようと箱の向きを変えた瞬間、目に飛び込んできたのは外箱の凹み傷です。

見事な刺さり具合。そしてそのすぐ横には、
「この箱の傷・汚れを理由とする返品はお受けできません」
という、強い意志を感じる一文が添えられていました。
この穴を見て一瞬ドキッとしましたが、箱を開けて納得。
実はこれ、中にもう一つ箱が入っている「二重箱」仕様だったんです。
おかげで、内側の箱にはかすり傷ひとつない完全な無傷。
まさに外箱が「身代わり」になって守り抜いた結果でした。
でも、この光景を見ながら、なんだか少し複雑な気持ちになってしまったんです。
本来、物流というのは「物を動かす」作業です。
重い荷物が長距離をトラックに揺られ、いくつもの中継地点を経て運ばれてくる。
その過程で、箱に多少の傷がついたり、角が少し潰れたりするのは、ある意味「当たり前」のことだと思いませんか?
中身が破損していなければ、本来は何の問題もないはずです。
それなのに、これほどまでに過剰とも言える二重のガード。
そして、わざわざ印刷された「返品不可」の念押し。
これはきっと、過去に「箱に傷がある!」と叩かれ、苦い思いをしてきたメーカーさんや配送業者さんが、試行錯誤の末にたどり着いた「最終回答」であり、防衛策なんだろうなとしみじみ感じました。
「ここまで丁寧に、厳重にやっておけば、文句は言われないだろう」
そんな現場の切実な声が、二重になったダンボールの隙間から聞こえてくるようです。
よくも悪くも、こうして「叩かれないための対応」を積み重ねていくうちに、今の形に行き着いたのでしょう。
丁寧な仕事には心から感謝しつつも、一方で、もう少しだけ世の中が大らかであってもいいのにな、なんて思ってしまいます。
「箱くらい傷ついてもいいよ、中身を守ってくれてありがとう」
そんな風に、外箱の「名誉の負傷」を笑って許せるくらいの余裕を持ちたいものです。
ボロボロになった外箱を資源ごみへとまとめながら、現代の梱包事情について深く考えさせられた日でした。